写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】第43回木村伊兵衛写真賞受賞作品展(藤岡亜弥「川はゆく」、小松浩子「人格的自律処理」)@ニコンプラザ大阪

【写真展】第43回木村伊兵衛写真賞受賞作品展(藤岡亜弥「川はゆく」、小松浩子「人格的自律処理」)@ニコンプラザ大阪

写真などをやっていると、仲間内などで分かったような顔をして、酒宴の場などで、「写真はもう、やり尽くされている」などと口走る癖などがつきます。写真界隈の入り口付近における風土病ですかね。

しかし本展示を観て、それって正解だけど間違いだねと気付かされた。まだ我々には出来ることは多くあるし、個々人でやるべき仕事があるのではないか。たとえばさあ・・・

続きは本blogか写真集で。

 

 

(1)藤岡亜弥「川はゆく」

話題の藤岡亜弥ですが、これはいいぞ。写真の持つ本来のパワーを最短最速で思い出させてくれる。

歴史・政治上の重要な記号と化した「ヒロシマ」を、現地に滞在し生活する中で撮り溜めた膨大なスナップ写真の「群」によって、人肌に近い温度で溶きほぐします。その暮らしの日常景に差し込んでくる「ヒロシマ」を、逆照射で捉え直しています。

 

ご覧くださいこの、一見平穏な、日常の、無数のカットを。藤岡氏が得意とする、旅先や暮らしの中でスナップを重ねる手法が、本作ではデジカメの採用によって(それまではフィルムだった)更に推し進められ、より大量のカットを無造作に撮ることが可能となった。

その結果、写真の1枚1枚は、スナップ写真としての穏やかなノイズに満ちることとなった。作者が実際に身を置く「暮らし」の雑多さと「軽さ」が、映像の群となる。中心や主従関係を持たない映像だ。たまねぎを大量に剥いて並べたようだ。

しかし、何気ない日常景のように見えて、それらの写真にはどのカットにも確かに「ヒロシマ」的なもの、すなわち歴史上の重要なイメージとして何度も再生産される広島のイメージ像が写り込んでいる。単なるたまねぎではない、特別天然記念物級のたまねぎだ。しかしその皮の一枚一枚自体は「特別」でも「天然」でも、ない。幾つかの皮を集めたとき、ああ、これらは特別天然記念物の、不可侵の、あのたまねぎなのではないか、と強く確信を抱くようになる。

 

この日常景への「ヒロシマ」像の射し込み方は、とても強い。広島で暮らすと見えてくるものなのか? それとも作家の眼が驚くほど巧みなのか。まるで第三の眼でも備えているかのように、ヒロシマを逃さない。スナップフォトのお手本だ。何気ない感傷などではない。そこには社会がある。それらを見ている作家の眼の立ち位置は、地元民が暮らしている日常としての広島に居るのだが、決して日常に、感傷に埋没せず、第三の眼を保っている。

 

写真家、作家という職業は、思うに3つぐらいの仕事を抱えている。それは、自分に内在するイメージの発露、社会や顧客からの要請への応答、そして社会が孕む矛盾や課題に対する異議申し立て、であると思う。

これらの中でバランスをとり、せめぎ合いながら、自身の求める映像を現実の物理世界からかすめ取ってくるという作業は、大変な苦労であると察する。実際にご本人が4年に亘る撮影生活を「すごくしんどい」ものだったとトークショーで語っていた。求められる「ヒロシマ」に引っ張られて、撮るまいとしても撮ってしまうのだという。その格闘の成果が、この写真群であるから、やはり我々通常人に備わった左右の二つの眼を超えた、第3の眼を有していると言わざるを得ない。ちなみに「よい写真家は複眼を持っている」とは、飯沢耕太郎の言い回しだ。私は立場上、飛影の邪眼をイメージして転用しています。

 

何が面白いかと言うと、スナップ写真という極めてノイジーな形にしてもらえることで「広島って面白い(興味深い)ですなあ」という素朴かつ根本的な感想が述べられることかと思う。

広島に対して直接言葉で「面白いですなあ」と言及したとしたらどうだろうか。少々厄介、事によっては炎上案件かもしれない。地元の方にとっては「何がおもろいねん」となるし、部外者にとっても、誤解を招かないよう面白さのエビデンスを示すのには、一定の技術的な手続きが要るのではないか。ナイーブな問題が多すぎる。

言葉は対象にダイレクトに触れすぎる。猥雑物が濾過されすぎてしまう。言葉で語るという行為は、どこか政治的だ。広島を語ることは政治や国の話に繋がってしまい、「面白い」「興味深い」では済まなくなる気がする。それこそ沖縄なら、もうお手上げだ。この話こそ、ヤバい。ハブの話しか、私には出来ない。

だが確かに、都市と暮らしと政治・歴史的な像とが交錯することの面白みは、ある。あるのだ。それを語るためには、清濁を併せて呑んで映像化してみせる、スナップという伝統的手法ならではのノイズ感が、よくきく。よく効いていた。目に驚きと快感をもたらすものであった。

 

終戦記念日と思わしきセレモニーの写真たちが印象深い。田原総一朗がわざわざ現地に出向いて屋外で登壇し、報道陣がひな壇を作ってひしめき、米国のトップ層が心にもなさそうな言葉を慎重に選んで発言し、それらのビジュアルが混然となりながら、日常の時間の「流れ」を成している。

広島という地方都市は、ただの都市ではない。市井の民が暮らす生活の場、人口120万人弱の都市であるとともに、日本という国家における「現代史」の起点の場でもある。

戦中から戦後へ、国としての態度を一夜にして180度転換させた、その大いなる矛盾や疑問を、歴史物語として転換させる接続詞が「ヒロシマ」という超・固有名刺であろう。エノラ・ゲイ、熱線・爆風・キノコ雲、夥しく焼けただれた死傷者、玉音放送。そうした「戦後」へ急転換する特異な一点の出来事について、「ヒロシマ」と原爆ドームは象徴として引き受け続けていることを、我々はこの写真群から察する。 

 

この「察し」の感覚は、土門拳の写真からでは、生じなかった感覚だ。東松照明以降、写真の文法は大きく変わり、その系譜は更に進化しているように見える。

残念なことに、私達のような常人――2眼の一般生活者は、学校や家庭、勤務の都合から、広島に長期間滞在する機会に恵まれない。「広島」という超・固有名詞を解凍して中身を視るチャンスを持つことは、非常に困難である。だからこの写真集「川はゆく」は、評価されたのだと思う。早くも、戦後70年を過ぎて、いよいよ戦争経験者の寿命も限界が近い。そうやって、時代は川のように流れ続ける。

 

その中でも、流れて消えゆくものと、橋梁や護岸のコンクリートのように、流れに楔をうち、強化・再生産されるものがある。それは、政治や権力といったものの関与が否めない。当初は露骨な異物であっても、時の流れに洗われているうち、それらは日常生活に寄り添ったものとなっていくだろう。形も得体も知れない「日常」にぶつかりながら、そうした諸々のことを3つの眼で捉え、可視化させた本作は、「写真ってやっぱり面白いんではないか」と思わせてくれて、合掌でした。

 

 

( ´ - `  ) ひどい感想ですいません。

 

 

(2)小松浩子「人格的自律処理」 

この時、ニコンプラザ大阪は、藤岡氏、小松氏に加え、もう1名別の作家さん(二川征彦氏)、計3名が会場をそれぞれ縦長に割って展示を行うという珍しい構成となった。3分割された中央に、小松浩子氏の、黒々とした写真の回廊が細長く延びていた。 

この写真で見るより、体感的にはもっと狭い。どす黒い溝のようだった。その上、割り当て空間のど真ん中にモノは置いてあるし、注意書きもなく、さあどうしたらいいのかなと迷った。外からの鑑賞のみかと思ったが、土足で踏み込んで良いということだった。

この展示は気の毒だった。

本来、「勢い」が売りだったと思われる、都市の行き場のない叫びが、大人の配慮を見せていた。小松氏のコンセプトや活動履歴はあえて一切調べていなかったが、本来評価された肝の部分であろうアンコントロールな暴威は、秩序立てられて、きれいにまとめられ、寂しさが否めなかった。こればかりは会場の都合なので仕方ないが。

 

それだけに、他会場での小松氏の展開記録を見ていると、話題になってきた時点で名古屋でも東京でも観に行っておくべきだったと後悔する。食い物でも作品でも旬のうちが勝負だ。

旬のライブ感は尊い。全盛期AKBでも安室ちゃんでもラグビーでも、何でもそうだ。すぐに伝説と化してしまう。旬に立ち会うことを惜しんではならない。

この感情は久しく忘れていたが、20歳前後の時分に、小規模のライブハウスでインディーズバンドを支持していた時の、アナーキーな興奮に似ている。その界隈では名は知られている実力者だが、一歩ジャンルの外に出れば誰も知らないバンド、しかし抜群に良い世界観をぶちかまして五感を震わせてくれて、商業や資本の気配をことごとく破り捨ててくれる香りに満ちている、再現不能な、一期一会の、輝かしい嵐のような、そういう存在である。そしてだいたい、旬は尊く、儚い。いつ活動停止するか、メジャー寄りに変質するか、色褪せるか、全く分からないのだった。そういうことを思い起こされた。

 

誰も商売としてコントロールしたり、切り売りしたり、再現できないであろう、非情な暴風性能が心地よい。戦略や市場から漏れ出したライブ空間。かつてパンクバンドの響かせた轟音、何処にも向かわない歌が、小松氏のモノクロームの嵐と重なる。山谷佑介のライブ感と比較して聴き比べたいと思った。彼も今が旬だ。くぁあ。体が足りん。

実際に本展示では思いっきり匂いがする。暗室のあの薬剤、酢酸の香りだ。ここにある印画紙たちはまだ仕上がっておらず、停止や定着の工程のうちにあるようなライブ感だ。ここでは写真を育てる母胎としての暗室作業と、写真が流通し消費する都市空間とが重なり合っている。

 

展開様式は思いっきり現代のメディアアート寄りで、つたない言葉で言えば「インスタレーション」だ。「空間」が意識され、無数に貼りだされた写真は「作品」ではなく「素材」として群体の一部でなることを引き受ける。それぞれの写真は工業地帯、工事現場を写したものらしい。これら具体物が極端に密集することで抽象化し、空間自体を「作品」へと押し上げる。そして、ご丁寧にテレビモニターまで置いてあり、これらはすっかり「インスタ慣れ」した、我々鑑賞者の感性に、すんなりとハマる。

 

しかしそれは擬態であるようにも思う。現代アートなるものは、80~90年代頃から「写真」を表現手法の選択肢の一つとして取り込んだが、小松作品では「写真」が反逆を企てている。無数の工事現場を巡って撮り溜められた「写真」が、溢れんばかりの印画紙と酢酸臭によって「身体」を持ち、現代アートメディアアートの文法を偽装して食い破り、アナーキーな叫び声を響かせている。空間そのものを写真と化して、写真史が現代に復讐しているかのようだ。

 

作者の言葉に触れていないので本意はともかくとして、そのように感じられ、個人的に楽しませてもらった。わあい。感想ひどくてすんません。

 

ちなみに個々の写真をあえてじっくり見ていくと、それはそれでまた面白い。ビジュアルの暴威からすると、金村修のノイジーで暴力的に自己増殖する日本の都市を連想させるが、小松作品は優しい。建設現場で目にする資材が、どこか秩序立てて置かれていることに気付く。一つ一つの配置のかたまりを、わりと丁寧に視ていることが分かる。

 

 (*´・_・`) 写真にできることはたくさんあるよねということでした。

フィルムいいけどめんどくせえええ。実家の寝室を酢酸臭で満たしてしまった苦い記憶などがよみがえります。あのころアクロス、プレスト、みんな安かった。合掌。

 

 

もう夏ですね。あうえあ

 

(/・o・)