写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真表現大学】H30.4/28(土)_2018年度入学式(message from TA)

【写真表現大学】H30.4/28(土)_2018年度入学式(message from TA)

 

( ´ - ` ) はい。

大阪国際メディア図書館:写真表現大学及びEスクール、2018年度入学式に際しまして、都合により欠席しますので、不在者プレゼンテーションを投稿します。

私、「研究ゼミ3」所属および「TA」(Teaching Assistant)を務めます、タシロユウキです。よろしくお願いします。

イラストでは、ねこの姿をしていますが、残念ながら今のところ人間です。将来的にはどうなるか分かりませんが、まあもう猫でいいかなと思っています。人間ですけども。猫でもいいかな。はい。

 

写真表現大学の在籍も3年目となりました。速いですね。吐き気がします。写真歴自体はかなり長いですが、作家活動歴は、この学校に入学してからのスタートです。初の個展が今年の10月下旬の予定なので、キャリアとしてはまさに今からです。

 

(私の活動情報については、今年3月の「修了制作展」テキストをご覧ください。)

 

自己紹介ということなので、今から「修了制作展」までの約10ヶ月の間に、この学び舎で「TAとして皆さんと何ができるか」をお話します。

 

タンタルではありません。元素記号73番)

 

TAの仕事ですが、私に関しては大きく3点あります。

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①授業のサポート(主に「作品制作」での合評への参加、個別相談対応など)

②授業の記録・レポート、Web上での広報(個人blogでの投稿およびFB、Twitterでの展開)

③評論、私見の発信(本校の生徒作品、他学校の展示、その他展示全般)

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同じ「TA」でも、各ゼミ生で得意分野が異なるし、生活スタイル上、出来ることがそれぞれ異なります。

私はなぜか「書く」ことに能力が偏っていて、特に記録を文字に起こすことが得意であるため、最近はライター、レビュワー的なポジションにおります。昨年度は授業の様子を写真と文章で記録し、外部に発信してきました。今年度も同様にやっていく所存です。

なので皆さん、ぜひ私とFacebookで繋がっておいてください。欠席しておいてすいまへん。

 

◆①授業のサポート

TAの素性はただの生徒なので、特別なことはできません。ただ、皆さんよりも本校のカリキュラムと「合評」という授業スタイルに慣れ親しんでいるため、その点でお手伝いができます。

「合評」とは、生徒一人一人が自分の作品を机に広げて、テーマや進捗についてプレゼンし、それを受けて、講師が指導をします。そこで、TAと他の生徒らが意見を述べるというものです。TA活動の多くがここです。

入学1年目は、皆さん自分のテーマを試行錯誤して見つけ出すという模索の段階なので、おそらく毎回の授業に写真を持ってくるだけで精一杯になると思います。私達も、作品の「批評」というよりは「肯定、応援」のスタンスで臨みます。

 

ただ残念なことに、私はその場の即興で気の利いたコメントを述べるのがいまいちです。的を射た発想、オリジナルの意見というものは、だいたい事後に来ます。

職場の便所で一息ついている時などに「彼の作品はまるでゲーム中毒者の視点だ」とか「街のパーツが全部擬人化されているなら、逆に生身の人間の方が障害物に見えているのではないか」といった発想が、急に来ます。困った。ほんと困る。

そんなわけで、合評中は特に冴えていませんが、その分をblogであれすることになり、②で対応します。

 

もう一点、相談対応についてですが、機材、撮影手法、レタッチ技法、ポートレートのロケーション情報など、テクニカル面については、残念ながら大した知識を持っていません。

「いいボケの出るオールドレンズ教えれ」「画像処理エンジンに優れたお手頃価格のデスクトップどれよ」等の問い合わせは、「表大3大知恵袋」と名高い楠さん、桜井さん、薬師川さんにお任せしましょう。3名とも頼りになるので絶対友達になっておいた方が得です。

あっ。Canon EOS 5Dシリーズの話なら任せてください。身体の一部です。

逆に、身体性とか死生観、都市論、医療と社会、作家研究、アートの行方、現代社会と作品の折り合いなど、答えのない問いについては、いろいろ意見交換が出来ると思います。また飲んだりしましょう。

 

◆②授業の記録・レポート、Web上での広報

私が参加した授業については、基本的にはこのblogに写真とともにupし、FacebookTwitterでオープンにします。

目的は、記録と情報共有、および広報を兼ねています。

記録は有用です。後から何かヒントが得られます。原点に立ち返る必要が、後から必ず出てくると思います。その際に、文字情報は見るのも探すのも簡便で有用です。

また、「写真表現大学についてWebで検索したら、このblogが出てきた」「修了展のことなどが書いてあって参考になった」という声もいただいています。対外的に情報をオープンにすることで、空気感などが伝われば、外部の方が他のスクールと比較検討する際などに有用かなと考えています。

 

授業ですが、主に「座学」「実習」「合評」の3本柱から成っています。

このうち「合評」は基本的にライブみたいなもので、一期一会で再現性がありません。講師や我々も、同じ写真を見たとしても、回によって言うことが変わります。何より生徒の皆さんが日々どんどん変化、成長していくので、その時々のプレゼン内容も変化します。

自分の作品について、テーマ性と照らし合わせて、継続的に指導を受ける機会は、人生でもかなり限られた期間しかないと思います。作家デビューしてギャラリストと組むなどしない限り難しいでしょう。

なので記録しておくと何かと面白いし、個人的にも人の作品のエッセンスを吸収できたりするので面白がってやっています。

※ただ最近仕事が激化してきたので、余裕がなくなったら活動量は調整します。

 

なお、この点については、改めて皆さんにmailでも了解をとらせていただきます。家族には「週末も仕事やねん」とうそついて内緒で通学してる方、公安にマークされている方、ビザが切れていて不法入国状態の方など、Web上に情報が出るのはまずい、という方がおられましたら、こそっと教えてください。頑張りましょう。

 

◆③評論、私見の発信

3点目は、個人的な目的も絡んでいます。他人の写真作品について、わざわざ膨大な手間をかけてテキストを書くことの意味は、「評論」「批評」の力を培うことです。

「批評」とは、悪い点を指摘するだけでありません。よい点を見つけ出して指摘することとの両輪での活動です。①で少し触れましたが、講師が合評で指導したことに加えて、プラスアルファで私の私見を書ければ良いなと思っています。

合評の場では、どうしても「生徒全員を10か月足らずで、修了展に出す(=社会に公表する)レベルに到達させる」という、学校としてのミッションがあるため、指導方針からあまり脱線しないように発言しています。

しかし、脱線の妙味というものは確実にあってですね。「登頂しない登山」の愉しみも味わいがあり、blogではそれを少々折り込んだりします。適度な誤読といいますか。

 

つまり、皆さんへの個人的な応援をするわけですが、的を外さず、されど独自性をもって、人を応援するのは、難しいものです。

 

そこで、エビデンス(根拠)を示した上で指摘を行い、的外れを防ぎつつ、文体を鍛えることで、独特なカーブや音色で矢を的に当てる、ということを目指すのがよいと考えます。

 

エビデンスの確保には3つの軸をとります。

①個人(作家:生活、人生、活動来歴、価値観)

②時間(歴史:写真史、美術史、世界史)

③空間(地域、社会、国家、地球、宇宙)

これらでそれぞれ面をとると、きれいに立体空間ができます。この3象限において、作家や作品について必要な情報(点)を集め、繋いで描いた立体像をテキストとして表していくと、よい評論になります。その実践を繰り返していくと、独自の評論が可能になり、的も外しません。たぶん。

 

これにはかなり時間と手間がかかるので、皆さんが個展をされる時などに限って対応したいと思います。

皆さんがんばって個展をしましょう。私もがんばります。何も準備してない(白目)。ぎゃはは。

 

授業とは無関係に、自分が触れた写真展、アートフェス、映画、講義、写真集などについても、可能な限り書き起こしていきます。色々情報提供できればと思います。

 

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あとがき 

今、ちょうどKYOTOGRAPHIEの時期ですね。あれは面白いので、何とかしてでも観に行った方がよいです。観てたら「自分も写真をがんばろう」と思いました。なぜでしょうか。

それらには何か、「価値」がありました。価値とは、光と闇が織りなす輝きです。輝きは、常に闇や影と共にあります。輝きの力がないと、人生面白くありません。生きていく目的は、つまるところ、面白いかどうかです。

 

AIは優秀かも知れませんが、面白さを感じる機能はありません。財務省のえらい人たちも、前時代的なハラスメントと抑圧を振り撒いていますが、たぶん面白みや輝きを感じる機能がぶっ壊れてるんだと思います。

そんなやつらに振り回されてるこの現代社会ですが、無いもの、壊れてるものについては、我々もどうしようもないので、放っておきましょう。個人的に色んな面白いものを見つけ出し、それらを応援しながら面白がるしかありません。

ぜひ今後、飲みに行ったり、どこか面白い展示を観に行くなどして、面白いことをしましょう。作家とか表現活動をやろうという人種は、圧倒的に少数ですから、お互いに協力関係を結んでおきたいと思います。むすびましょう。

 

 

ご清聴ありがとうございました。 

これから1年間、よろしくお願いいたします。

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