写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【ART―写真展】齊藤いりす「2nd ホームタウン ~故郷じゃないのに愛しい町~」@高浜町文化会館

 【ART―写真展】齊藤いりす「2nd ホームタウン ~故郷じゃないのに愛しい町~」@高浜町文化会館

H30.3/24(土)

私の通っている写真表現大学の同窓生:齊藤いりすさんが、「第2の」地元、福井県高浜町で大規模な写真展を行っていたので、会期終了間際に駆け付けてきました。

 

この展示の特徴は、作家の私的な活動の枠を超えた企画であることです。いりすさんは生まれ育った都会:横浜から高浜町に移住し、2年間にわたって「地域おこし協力隊」として町の魅力をPRするミッションに従事してきました。その集大成としての展示でした。

 

 

 

作者・いりすさん。

見た目は見ての通り、小柄なかわゆい女子ですが、情熱と行動力を湛えたお方で、2年間かけて高浜町をくまなく歩き続け、広報業務をやりつつ、作品を撮り溜めてこられました。タフガイです。「歩いてない道はないんじゃないかな」という探索ぶりです。タフガイです。その合間を縫って週末は大阪まで、学校の授業を受けに来ておられました。タフガイです。

 

 

会場は高浜町文化会館の展示コーナーで、なかなかの広さがあります。しかし内装・壁面は釘打ちでの展示を想定していない作りのため、なんと通常の釘を打てません。穴が開いたら戻せないそうです。罠です。

そこで、細い釘を一か所3本打ち込んで、額のひもを掛けるという面倒な設営を強いられたとのことです。罠です。今回使用しているフレームは、本来、普通の太さの釘であれば、ひもを使わずにレールに直接掛けて位置調整ができます。なのに、ひも強制です。強制ひもです。罠です。これはつらい。ひもは高さ調整が面倒です。展示作品は90点もあります。話を聞いていて寒気がしました。会場設営を語る時の、ご本人のトラウマめいた表情が忘れられません。お疲れさまでした。あうえあ。

 

 

展示構成は、動線に沿って高浜町の冬から四季を巡ってゆきます。静と神秘の雪の世界から、春の目覚めを迎え、豊かな色彩のエネルギーが溢れだし、夏・秋にかけてはお祭りが続いて、町と町民の活力ある姿が印象に残りました。 

 

温かみと美しさに満ちた作品群は、作者から「第二の地元」高浜町へ送るラブレターと言えるでしょう。

作品制作の支柱となっているのが、広報としての使命感です。この展示企画は、高浜町文芸協会からの提案から始まったもので、費用も作品の管理も協会が請け負うという仕組みであることからも、作者個人の枠を超えた意味合いがあります。

来場者の多くは地元の方々となることから、「あっ、これ〇〇さんの家の近所や」「ここ昔よく遊びにいったなー」といった地元トークの場となります。観光客向けの高浜町PRというよりも、写真を通じて、住民と土地が改めて会話を楽しめるということが、この展示の意義と言えるのではないでしょうか。

 

そのため、写真家の眼を通じて写し取られた風景や光、人々の活力の描写は、美しさを持ちながらも決して作者の主観、耽美に偏ることなく、一定のニュートラルな立ち位置を踏み外していません。 

 

 冬のシリーズは雪景色を主役としていますが、今年はほとんど雪がなかったため、初期の写真が多く採用されているそうです。そのためか、作者の素の世界観が強く表れているようであり、個人的に面白かったです。(※作家としての本性を見たい、という欲望があるのです。すいまへん。)

光が一面に射した明るい景色もさることながら、影、夜の闇をしっかりと見ているのが、気持ちよかったです。(※筆者は闇が好きです すいまへん。)

  

 春、夏にかけては緑があふれ、子供たちの活動が活発になり、次第に海と空の鮮やかなブルーへと移っていきます。子供。子供いいっすねえ。子供さんがこう、よく出てきます。「あれっ、高浜町って若い人多いの?」と驚きました。この点、後述します。

 

 いりすさん作品の大きな特徴を3点あげると、1点目は先に書いたように、公的なPRの側面もあるため、一定のニュートラルな視座で撮られていること。2点目は、とても色鮮やかで、海も空も緑も、日本海側であることを忘れそうなぐらい、温もり=愛情を湛えていること。そして3点目は、町が若々しいということです。 

 

中盤、夏シリーズから終盤にかけては、祭りが続きます。

祭りを維持・運営するのは大変だと聞きます。従事する人を動員しないと出来ないし、呼んでも人が集まらないからです。貴重な土日祝日を準備や踊りの練習などでつぶされるのも苦痛です。かくいう私が、自分の住んでいる町の祭りに行ったことは、小学生のとき以来、ないよね。ない。職場でも祭りがあるんですが、動員かけられたら逃げ回っていますね。行かない。うわあ。だめやん。コミュニティの場がインターネットに移ってしまったのでどうしようもありません。だめやん。こういう輩が蔓延しているので、地域の祭りは衰退します。だめやん。すんません。反省する気が全くない。ないよね。ない。ぎゃはは。はい。

 

そう思うと、この高浜町はすごい。祭、祭、祭である。一年に何回祭りをしているのか。いりすさんの写真を見ていると、ケとハレの境界が融解しているのではないかと思えてくる。いや皆さん実直に生活しておられると思いますよ。しかし特に観光客を呼ぼうという企画ではなく、普通に地元の風習として続けているらしき様子が、ナチュラルハイを感じさせます。

 

高浜では、夏の「若狭たかはま漁火想(いさりびそう)」の神々しい花火を筆頭に、花火大会、そして10月の「新宮神社例大祭」、地区ごとの細かい祭りへと続き、その頂点には、七年に一度の「高浜七年祭」なる大規模な祭りがあります。一週間にわたって町の経済活動を傍らに置いてでも、踊り、曳山を回し、酒を飲むのだということです。やっほう。 

 

やっほう。

 

前回が2013年で、数えで7年目にあたる2019年が次回の七年祭です。「一週間ずっと祭りなんですよ↑↑↑」「くるってますよね↑↑↑」「町の経済活動がとまるんです」「ぜったい行きます↑↑↑」いいなあ。話を聞いているだけで、民のよき狂気を感じます。狂気ですよ。狂気には貴賤がありますが、これは良い狂気です。一週間も祭りが続いたとき、人体にはどのような影響が出るのでしょうか。阿波踊りですら4日間です。それも7年もかけて力を溜めて行う祭りですから、どうも半端ではなさそうです。行こかな。 

 

 

※筆者は写真の学校に通っていますが、写真の腕は狂犬病に罹っているかの如く下手なので、このように展示物を撮るともれなく全部いがみます。

 

このように、祭りと言っても、提灯と屋台が並ぶレベルではなく、しっかりと町民が主役として参加しています。神輿を曳きまわしたり、海に浸かったり、鳥居を砂浜に建てたり、海で神輿を担いでぶつけ合うといった、高いレベルのものです。割とハードな祭りであるのに、担い手がおり、今も現役の祭りとして生きていることが、意外でした。

 

地方都市。

写真でも論文でも、地方都市について語るときには、ほぼ定型文と化すのが通例です。超高齢化、人口減少、限界集落、野生鳥獣の食害、空き家の増加、医療確保の困難、地元産業の後継者不足、etc、etc。この展示会場に来るまで、高浜町もそうかなと思っていました。しかしどうも様子が違う。元気なのではないか? 高浜町は例外的なのでしょうか。他の自治体とは違って、体力があるのではないか。 

 

 いりすさんの写真には子供の後ろ姿がよく登場します。高浜町の鮮やかな風景と対を成すのが、小さな子供たちです。可愛らしさと活気が込められています。

 「高浜町ってすげえな」「ポテンシャルある」「祭りだ祭りだ」とその場では浮かれていましたが、直感的に何か違和感があり、腑に落ちない。あらゆる地方都市に共通する「廃れ」や「危機」と、異なるところにあるような。

ここで改めてデータを見てみることにしました。しましょう。

 

30年刻みでの人口割合の推移です。オレンジ色の現役世代(生産年齢人口)が、1人で何人の高齢者と年少者を支えないといけないかが分かります。まあ今も大変、今後もっと大変。これは日本全国どこも共通で、大変です。特におかしな点はありません。

 

こちらは5年刻みでの現状~将来推計です。人口が減り続ける予測となっていますが、減るのは現役世代(オレンジ色)です。やばい。2040年になってもまるで現象に歯止めがかかる様子がありません。実にやばいです。

年少人口(青いマル)は減少が緩やかで、1,000人前後がキープされる見込みなのが意外です。出生率が上向く予測にでもなっているのか、20~30代の層が一定の割合で地元に残留、あるいは流入してくる予測なのか。

しかし町の人口が近いうちに1万人を切り、その後もずっと減り続ける点が危機的です。特に「高浜町は体力がある」と言える状況にはなさそうです。

 

<出典:「高浜町 まち・ひと・しごと創生 人口ビジョン総合戦略」(2017.1.30改訂版)>

<★Link> http://www.town.takahama.fukui.jp/page/sougouseisaku/sougousenryaku_d/fil/sougousenryaku.pdf

 

 

この傾向は高浜町に限ったことではなく、若狭湾の周辺自治体に共通しています。まとめてみましょう。

<出典:日本医師会 JMAP>

<★Link> 地域医療情報システム(日本医師会)

 

これら5市町については、直近5年間(H22-H27)における人口増減率はマイナス3~6%、 高齢化率30%前後と、福井県全体、全国平均どちらと比べても高い状況です。

高浜町の特色として人口密度は非常に高く、隣のおおい町と比べるとかなりコンパクトな町と言えます。その点はインフラ整備などで効率性の観点から有利かもしれません。

それでも、人口規模が小さい自治体はそれだけで大変です。自治体の収入の多くは地方税(市町民税、固定資産税など)、地方債、国・県からの交付金です。人口減はそのまま自治体の衰退へと直結します。

 

これだけを見ていると、高浜町から元気を感じた根拠がありません。おかしいな。

 

写真作品から受ける高浜町のパワーは一体なんだったのか。また、自分自身が車で散策した実感でも、高浜町にそのような厳しさの空気と言いますか、衰退の気配、底冷えする翳りのようなものは、あまり感じませんでした。むしろ、「整っている」感じがあった。隙がないと言いますか。

なお、町では人がほとんど歩いていなかったですが、「車社会なので誰も歩いてないんです」「歩いてたら逆に車からめっちゃ見られました」とのこと。ふええ。

 

なぜ高浜の町の空気、都市としての姿に、翳りをあまり感じなかったのか。財政状況が身なりや暮らしに如実に出るのは、我々個人でも都市でも同じはずです。

家計を見ましょう。

 

財政規模として100億円弱。H27年度は急に上昇して116億円。

歳入のうち、国庫支出金(灰色)と都道府県支出金(オレンジ)の割合が大きいです。何もらってんの。中を更に見てみましょう。

 

 

 

ですよね。

 

ですよね。

 

<出典 「日本☆地域番付」>

<★Link> 都道府県・市区町村ランキング【日本・地域番付】

 

高浜町に限ったことではなく、福井県そのものが、他の都道府県とは一線を画する財政基盤を有していることは、押さえておく必要があります。

高浜町のH26年度の歳入99.5億円のうち、28.6億円が国・県からの電源立地地域対策交付金。この交付金だけで構成比3割弱という、物凄い割合を占めています。考えてみてください。家計の1/3に当たるお金が毎年、特に何もしなくても「貰える」ということは、驚異的です。

(勿論、311のような事態が発生した際には、それが全てチャラになるほどの打撃を受けるリスクも抱えていることも事実であり、お金では賄えるはずもない深刻なリスク債権を引き受けている状況と言えます。)

 

この財源の使途に関する年度報告書が65ページもあり、詳細は割愛しますが、町の運営全般に活かされています。道路整備、河川整備、ワクチン接種、小学校や図書館の備品購入、在宅医当番制、上下水道整備、消防団員の人件費、夏の花火大会の補助金など、町営の全てに交付金が行き渡っていると言っても過言ではなさそうです。私が感じた町の「体力」の源泉は、ここなのかも知れません。

 

<★Link> 平成26年度電源立地地域対策交付金事業

 http://www.town.takahama.fukui.jp/page/soumuka/dengen_d/fil/007.pdf

 

まとめると、人口動態、今後の見通しとしてはやはり厳しい状況にあり、若い人をいかに呼び込むか、いかに定住を促すかが重要課題であることが分かりました。一方で、町づくりの基礎となるインフラ整備や福祉などへの投資については、日本有数の原発地帯、通称”原発銀座”である若狭湾ならではの、独特な財政状況があり、それが都市の「体力」そのものになっていることも、理解しました。

 

いりすさんの展示にもどります。

 

作者は、2年間で撮り溜めた約6万枚の写真から500枚をセレクトし、そこから検討を重ねて、展示用の90枚をセレクトしたとのお話でした。その中で、最終的に非常に多くの「祭り」の写真が選ばれていることが、私には象徴的だと感じました。原発という、町の財政源としても、関西の電力の源としても巨大なエネルギーの炎がありつつ、それに対するカウンターとして、市井の民の生活力、「祭り」が燃えているように感じられたからです。

 

いりすさんの写真には、原発を擁する自治体ならではの財政的「体力」が、作者の無意識のうちに反映されています。しかし、作者の眼差しは、そこで暮らす人々の生活と、原発よりもずっと昔から紡がれてきた歴史・伝統とが織りなす第二のエネルギー「祭り」の炎を捉えている、と言えるのではないでしょうか。

 

あたかも対立概念のように書きましたが、現実には原発と「祭り」は、恐らく密接不可分に、循環しています。交付金によって町は住みよく整備され、そこで安定した暮らしを保障されることによって、地元民は地域の歴史的な営みをパワフルに継続してゆくことができる、そのようなエネルギーの循環構造が、少なからずあるのではないかと思われます。

 

しかし、私は、作者いりすさんが、あえて原発を語らず、そこに生きる人々の輝きや「祭り」に目を向けたことに、愛とカウンターの想いを見た気がしました。

 

 

( ´ - ` ) 実に刺激的で、面白かったです。

 

 フォトブックも作っておられたが、1冊のみの制作で、費用は約3万円。えうえうえう。高い。確かに表紙の手触りなど、材質はよかったです。こういうの作りたいなあ。聞くと、タイトルの箔押し費用のパンチが効いていて、これだけでほぼ1万円らしい。ウエー。なにそれ。コストの1/3は箔押し。悲鳴がもれます。ウエー。怖い世界だ。えづきました。  

 

 

会場である文化会館のエントランスに、謎の巨大彫刻作品。「自治体の施設あるある」の上位を占めるのが「謎のオブジェがある」ですが、ど真ん中のどストライクです。いいなあ。この彫刻自体はかなりかっこいいのに、後ろの無数の貼り紙が殺しにかかっています。わあい。

 

 

文化会館の凝り方と規模感はどうもオーバースペック気味で、なぞの凝った階段と吹き抜け、天井の意匠など、「かっこいいのかよくないのかよくわからないかっこよさ」が満ちていました。なかなか見ないデザインですね。好きですが。

 

 

文化会館の内も外も、いりすさん展示大特集でした。「愛する者は愛される」という物理原則を見た思いです。彼女が地元を愛したので、地元が愛で返している。くああ。私もそうありたい。梅田に媚びをうりましょうかね。 

 

 

会場周辺には立て看板が並んでいました。普通の写真作家の個展ではありえない現象です。これは本当にすごい。ありえん。唸りました。これはすごい。

「広報、PRに悩む自治体と映像作家とがタッグを組む」というのは、作家のキャリア形成における一つの良き回答になるかもしれません。ただし便利屋使いされて終わらないよう芯を持つことが必要です。なぜなら行政という組織は、外注先や非正規雇用に対し、時に冷酷であるからです。 なぜそんなことを言えるのかと言うと、まあチラチラ見えたり見えなかったりするからです。

 

ありがとうございました。

( ´ - ` )ノ いりすさんはこのH30年3月末を以って高浜町の「地域おこし協力隊」を卒業し、4月からは新天地にてまた新たな活動を行うとのことです。事実上、この展示が高浜町卒業式となりました。ぱちぱちぱち。おつかれやすー。

 

 

展示を観たのち、いりすさん世界に触れてメンバーの士気が高まり、うずくので、城山公園・城山海水浴場の方へ出向きました。わあい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とてもよい時間が流れ、幸せでした。

5人で行ったのですが、5人ともめいめい勝手に撮影を始め、それぞれに幸せになっていたと思われます。約2名がめっちゃ猫を撮り、ものすごい笑顔でした。高浜町はいい町でした。海がきれいな町は、いい町です。

 

( ´ - ` ) 完。