写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】ビジュアルアーツ専門学校・大阪 写真学科 選抜作品展 「Visual Arts Showcase 2018」@THE GALLERY 大阪(ニコン)

【写真展】ビジュアルアーツ専門学校・大阪 写真学科 選抜作品展 「Visual Arts Showcase 2018」@THE GALLERY 大阪(ニコン

 

H30.2/19-20

仕事帰りにハービス13階のニコンプラザに寄る。ビジュアルアーツの写真展があるのだ。けっこう楽しみにしていた。

 

 

以下記録メモ。

撮影OKだったので撮らせていただいた。

 各クラスから選抜された生徒の作品とのことだが、それでも点数が豊富、ギャラリーの真ん中に更に壁面を入れている。(一体どれだけ生徒さんいるんだ・・・。) 各作家のポートフォリオもたっぷりあって、30分では完全に時間オーバー。やばい全然おわらん。後日もういっぺん行って残りを読破。汗が出ました。ギリギリ。ふう。初めての写真を読むのは、すごく時間がかかります。 

 

 

 

 

本展の最大の特徴は、全方向的にかなりしっかり勉強されている点にあった。

写真で見ると圧迫がけっこうだが、実際に会場を歩いていたときには、特に窮屈感はなかった。うまくリズミカルに構成されているためだろう。

全作が複数枚の群写真から成るので、読むのに時間がかかる。通りすがろうと思っても、中が気になり、一枚を見てしまうと、隣近所との関係が見たくなる。ああ。連鎖だ。

「これは何だろう」と、眼が自然に読もうとする、眼が作品に入っていける点は、さすがよく勉強しておられるなあと唸りました。

 

 

全方向というのは、一枚の写真の絵作り、ビジュアル力から、組み合わせのセレクト、組み方、サイズやフレーム等の展示構成、写真集(ポートフォリオ)にしたときの層としての見せ方、ページ展開の妙、ジャンプ力や連想力・・・などなど。

特にポートフォリオの見せ方がうまかった。最近の写真集の編集をよく学んでいる。賞をとりにいったり、写真集出版を目指していることが明確に分かった。

すべてに戦略性を感じました。

 

 

峰岡歩未 氏の「E」は一番面白かった。現世と宇宙が交錯する。手のひらの日常から始まる宇宙が日常の地形や物性にオーバーラップしていく、小旅行。

使うべきところで光をちゃんと使っているのが効果的ですわ。使える手法をどんどん使ってるのが、そのまま日常の解釈の幅を広げる効果になってる。フォトショやLightroom上でああだこうだするのではなく、その場の「光」で作品を作っていく姿勢は、けっこう大事。説得力が違う。はい。そうしたいですね。はい。光。そうですね。というような学びがあります。(←読解に時間がかかる理由)

 

 

 

 

 

 

 

あと何段か突き抜けたら写真集になってもおかしくないと思いました。この作家さんはいいなあ。最初のページのテンションはすごい。

 

 

山本彩加 氏「個々花々」はモノクロームで10代後半~20代前半の、大人と子供のちょうどどちらでもない最後の年代の表情を捉えている。

 

なんか懐かしかったりしました。ですよねーですよねーそうそうーとか。思いながらですね、作品を見ました。あの頃みんな程度の差はあれどそこそこ狂ってて面白かったですね。この世の何物でもないという不安感や不満感と、圧倒的な何かになれそうな根拠のない期待というかわけのわからない希望があって、なんかまあ楽しかったです。その後おっさんにどやされたりいちびられる生活に突入して、みんなそういうおっさんになりました。完。

そういうこと考えてたら読解がですね、やはりもたつきますね。ははは。

 

 

大倉凛太郎 氏「景色の手触り」はこの展示の中でいちばん良かった。良いというのは私にとってビビッドに「きた」ということですが、都市のペラッペラな、プラスチックのような瞬間のイメージをさくっとスライスして剥ぎ取り、プラスチックの質感のまま提示していた。まさに都市論です。

 

私は梅田をさんざん歩き回ってるのでだいたい何処で撮られたか分かりますが、東京を含む日本全国の他都市で同じ試みをしてもだいたい同じになるはず。その無国(都市)籍性、画一化された汎都市みたいな、どうしようもないペラペラ感は重要。もう都市って冷凍食品かお菓子か何かですかっていう。その中で垣間見える時空間のほころび、珍・妙を突いていた。

 

 

 

 

 

写真がWeb上で出回るようになったことと被写体の肖像権との兼ね合いから、他者の顔をテーマの柱とするスナップ作品が激減していた感がありましたが、本展示では不特定の個人の顔が、積極的に取り込まれていました。作品全体の世界観からするとその被写体の「個人情報」は問題ではなく、むしろ都市空間もろともペラッペラに無化されていることが読めるからだと思います。

 

 

荻野章久 氏「未知をもたらす」も良かった。ドロッとした、粘りのある登場人物、草木の造形、何のシーンか分からない喜怒哀楽の混成に、読者が彷徨う感じで◎

 

 

 

 

 

 

綺麗?かっこいい?冷静?情動? そのどれでもない、イメージの世界。どこか目覚めの悪い、はっきりした夢のような現実、現実のような夢。やはりここでも都市のイメージ性、都市って何だというと実体がいまいちないような、あれです。都市は相変わらず舞台装置であって、そこに仲間や路上で出会った人たちをちりばめて、瞬間瞬間の偶然性を闇とか影で紡いでいく。物語の中身は見る側の想像で。

 

 

全体として、群写真の扱い方、見せ方がよく研究されているなと感じました。面白いですね。ただこれが何人も続いたら見る側は迷子になって倒れると感じました。今こういうスタイル流行ってるのかな・・・。映像の連鎖の中に、確たる道や橋や柱がほしいかも。人のこと言えませんが。ええもう。そうなんですよ。はは。

 

( ´ - ` ) 完。