写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【diary】H30.1/27(土)宴 ~New山仲間~ @梅田_ツリーハウスダイナー

【diary】H30.1/27(土)宴 ~New山仲間~ @梅田_ツリーハウスダイナー

 

新たな仲間が増えそうな会があるので行きます。

 

 

 

 

いつからか山に登らなくなっていたのでそろそろまずく、身体と地球のバランスがグダグダに落ち込んでいくのはよくないなー、とは重々承知しており、毎朝スクワットまがいのことはしています。しかし実際に地球の地形で足腰に負荷をかけられながら、何かこう噛み合うような噛み合わないようなことをする機会は、最低半年に1回ぐらいちゃんと確保した方がいいなあと思っている。いますよ。サーセン。

 

されど全身を貫くようなあの鋭く深い興奮は、 表現(写真)にとってかわられ、私もたいがいゼロイチ人間なので選択肢を1つに削り込んでしまい、そうこうしていたら後期高齢者になりそうな気がします、やだなあ。多様性がほしい。肉を食べます。

 

 

噛み切れない。

みんなで苦戦しました。

顎が弱いので刃牙界では即死します。

 

女子会みたいな店だったので「ここは違う、」「女子だ」「たぶん別の階」とわざわざ1つ上の階で降りたりしましたが普通に合っていました。ツリーハウスダイナーというお店で、本当に樹木めいたオブジェを店内に据えていました。樹に養分を吸われてしまえ。店内はチーズの香りが充満です。

店内は女子で、何歳までを女子と呼ぶのか分かりませんが、ぬくいからという理由で登山着で来店してしまった。女子会もとい女子界に登山着はアウトです。判断力がありません。全部冬のせいだ。

 

男性が2人欠席したので実際女子会でした。社会人は大変ですよねという話をしました。

 

 

芋かな。

いつからか山に登らなくなって久しくなりました。記憶を留める脳内のフォルダがぐずぐずになって、おだやかに溶解したことを自覚したのがちょうど2年ほど前です。仕事でも趣味でも慣れてくると記憶の区別がつかなくなるという現象があり、山という非日常がついに日常化してしまった。けれどもクライミングは全く洒落になっていなかったので、もう触れないでおこう、という区切りが出来てしまい、あれです、やるべきことをやってしまった状態になり、よって写真をしています。

  

肉だと思う。

この肉は主張が激しいように見えて、実際はそうでもなかった。チーズのにおいが店内に充満していたわりにチーズ食ってない気がする。 

 

 

皆さんの山行を復習します。葛城山はパラグライダーのメッカだそうです。

 

山仲間であり師匠でもあるオタケ氏から過去に行った山について話を振られる度に、自分のことであるような、覚えが無いような不思議な感じがありました。ラリッてるわけではありません。

ただし安全な下山が危ぶまれたときのことは、全身の肉が覚えているので、頭の判断ではないところでサッと自分のこととして思い出します。このメカニズムからすると、認知症になっても体の方には確かな記憶があるため、咄嗟に深く何かに怯えたり構えたりするのかもしれません。介護の現場で高齢者が暴れたり噛み付いたりしてくるという話を聴かせてもらいました。体の側が保持している記憶のバランスが失われて乱反射している様子が偲ばれました。現場ではうら若い女性がリアルに噛まれています。Wi-Fiを工夫して筋肉操作して止められないものか。(人権

 

 

早々に結論が出て、夏には立山(雄山:3,003m~大汝山:3,015m、富士ノ折立:2,999m)を歩きましょうということで生きる目標が生まれました。筆者がへんな顔をしているのは山の神様に魂を支配されて苦しんでいるためです。背信すんません。行けてない。すんません。

 

 

旅の楽しさとかを話しました。日常にいながら日常をズラすという仮想災害みたいなことをやりすぎていて、旅の方がむしろ日常感があります。国内旅行に関してはもはや悟っており、仏像のような目でこなしています。ただ海外には10年近く行っていないので、昼飯を食うとかバスを乗り降りするだけで物凄い混沌だと思います。やだなあ。でもなあ。いかなあかんかなあ。やだなあ。

 

 

チーです。

頼んだおひやを持ってきてくれなかった。けち。

なぜ食品をやたら撮っているかというと、インスタ映えの真似ができないかどうかを試したため。だめだ。くそが。くそです。だめだ。

そもそもフォロワーの実の欲望(=「私たち」のスターを応援したい、繋がりたい)に応えたいという気持ちが全くないのが元凶だよ。よくないよね。「私たち」というのは業界やアカデミックなどの参入障壁のある世界ではなく、インデペンデントに成立した私的な人間関係の延長と考えることができます。しかしそれも逆に取り込まれている感があるし、もうみんなヒエラルキー固定気味だから飽きているでしょう。フォロワー数のスカウター戦もそろそろいい思い出になりつつあるんじゃないかな。作家道は業、すなわち地獄なのでおすすめしません。

 

 

赤ワインやサングリアを呷りながら人間ドック、経鼻胃内視鏡検査の話を拝聴し、低侵襲だとか患者さまの苦痛軽減だとか日頃からよく目にしますが、一人時間差で鼻血出ましたなどと聞くと、いやあ勉強になります。赤い飲み物が手元にあるとなおさら真剣みが増していいですね。写真は防犯カメラですが、撮られる前におまえを撮るぜということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

割と収穫がありました。

毎日仕事帰りに撮りながら歩いているのに、同じ写真は不思議とありません。通常のゲームはエンカウントするモンスター種及びパターンテーブルが決められているし、自然界においてもあるエリア内で出会う動物種と頭数は概ね固定だと思うのですが、都市に関しては別格で、こちらが内蔵する仮想アプリケーションのバージョンによって見えてくる存在が変化し続けます。しかし全体としては同じゲームです。重症やな。

 

 

大阪駅前ビルは学生の頃からこんな感じなんで、ちょっとした実家感はあります。

 

 

趣旨を半分忘れてましたが、山に行く仲間が新しくできたという日でした。

完。