写遊百珍

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【ART―写真展】H29.12/9(土) 大坪晶「Remembrance of Names」_トークイベント(立花常雄)@BLOOM GALLERY

【ART―写真展】H29.12/9(土) 大坪晶「Remembrance of Names」_トークイベント(立花常雄)@BLOOM GALLERY

 

「人間の存在と記憶の関係性」を考察する写真家、大坪晶(おおつぼ・あきら)氏の展示を観に行き、写真家・立花常雄氏とのトークショーを聴講。

 

タイトル「Remembrance of Names」とは「名前の記憶」で、コラージュ作品を通じ、「名前」の意味、名づけの意味と記憶を検証する試みがなされていました。

 

 

以下ログ。

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会場は十三のBLOOM GALLERYです。淀川越しに見るスカイビルは脚の太い昆虫のようで好ましいです。しかし寒い。寒気団おい勘弁してくれ。ばかのように寒くて参りました。降参です。

 

さむいよー。スカイビルは嫌いではないが、行くのが億劫すぎて全く撮影していない。ごめんよ。ごめんごめん。また今度するから。てきとうなことを言ってごまかします。たぶんいかない。

 

 

ブルームギャラリーさん。マンションの地下1階に潜んでいて秘密基地感がある。

 

大坪氏の作品はコラージュで、無数の写真が集まって一つのイメージを形成しています。今回の展示は2017年「EMON Award」でのグランプリ受賞を受けた、正円のレリーフのような巨大ポートレイト作品と、図鑑のコラージュなどが展示。

 

正円の作品は樋口一葉バージニア・ウルフ、平塚らいてうの3名で、女性の社会進出のための解放運動を行った著名人です。古いお札みたいな作品だなあと思ったら虫眼鏡を渡され、よく見るとパーツが全て写真でした。うわあ。

 

 

 

樋口さん顔が怖いんですよね(苦手)

苦手なものは先のとがったものと気の強い女性です。ウエー。

 

遠目に見たら、和紙のようなごわごわした紙に、古い樋口さんの白黒ネガを焼き付けたのかなと思ったが、このごわごわは、無数の群衆の写真を切り貼りして構成されている。民主主義とも社会主義ともつかぬ、主義を超えて立ち現れた社会の声としての女性の運動。手前の頭部の作品も写真のコラージュ。夢に出そう。

 

 

 

参考までにパンフレットより抜粋。

これですよ。わかるかな。

群衆、群衆、群衆。

 

( ´ - ` )ノ 無 数 の 人 間 。

 

溶けて焦げたごはん・・・。リゾットを腐らせたような質感が良いですね。この集合から樋口さんや平塚さんが作られています。自分だけではなく色んな人からもらった写真から群衆を集め、スキャンして印刷しているとのこと。大坪氏は涼しい顔で(やや嬉しそうに)制作工程を語るわけですが、常人はめんどくさすぎて泣き出すと思います。私は決裁にまっすぐ押印できず、パンチで書類に穴を開ければズレるわ、源泉徴収票に生命保険の証明書を糊付けすればグシャグシャになるわという残念な子なので、手仕事アレルギーがあります。生まれ変わったらしたい。

 

 

※本当にこうやって閲覧します。(虫眼鏡を貸してくれる)

 

普通に流して見ていると、作品を構成している無数の写真の亡霊に気付かないものです。執拗さ。この執拗な作業は、我々市民の辿ってきた何らかの記録(運動会や入社式などの整列、行進、行列など)を再凝固したもので、大いに共有しているものがあるはずです。DNAの抽出作業みたいですね。

 

 

この作品に限らず大坪氏の世界は、執拗なまでに切り貼りが重ねられ、そのスケールと量が半端ではないことが特徴です。生まれながら手仕事がとにかく好きでしかたがないんだと分かりました。うれしそうに語る・・・。この作業量を・・・。うれしそうに・・・。

しかしその記号性の高さ(ゆえに記号として機能しなくなる、というメタレベルでの錯綜)は、「フォトアート」と呼べるような軽いものではなく、かと言って「写真」と呼んでしまうと片手落ちになりそうです。どう捉えましょうか。群衆を切り貼りして集めると本当に気持ち悪いですね。元は何らかの記録写真の一部として安定していたはずが、かき集めるとこうなる。増殖した細胞が、自律した組織を形成することもなく、しかし死なずに、辛うじて写真として生き続けている。

漫画でも、モブはともすると「人でもなく、背景でもなく、人の形をした気持ちの悪い何か」になることが往々にしてあり、常々興味がありましたが、いい題材だなあと改めて思いました。群衆という現象自体が気持ち悪いんだな。

 

 

<以下、トーク書き起こし。>

(順序はトークの時系列をテーマに応じて組み替えています。 その場のメモなので正確性は保証できませんあしからず。)

 

 ■立花常雄氏の作品について

(参考:すごくよい紹介ページ。)

<★Link>  立花常雄 「2005-2013 写真へ」 | 海岸通ギャラリー・CASO

 

<★Link> 4. 穴太衆 石積み | キャンパスが美術館 | 成安造形大学

 

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(1)「堆積する視線」

・京都の蚤の市で売りに出されていたネガを入手して作品にしている。骨董市で写真が売られていることはよくあるが、ネガの売り買いは珍しい(誰のものか分からない、何が写っているかも、意図も分からない)。

・単に像をリカバーするだけでは面白くないので、左右の視点をわざとブラすようにし、写されたイメージではなく写真そのものをとりまく環境に着目するようにした。

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(2)「穴太衆(あのうしゅう) 石積み」

滋賀県坂本の石積みに注目。写真と地域との関係を表す。

(積み上げ方は野面積み(のづらづみ)、石そのものは加工せず積み上げていく、最も古い城壁の作り方)

・展示はグリッド状に設置(8枚×39枚=312枚)、壁面にマスキングテープで手貼りした。しんどかった。展示自体が一つの石垣のようなイメージとなる、インスタレーション作品。

 

・(大坪)野面積みはアナログで面白い。崩れそうで崩れない。小6の時、城壁マニアだったんですよね。

 

 ( ´ -`) マニアックだ

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(3)現在進行形のプロジェクト:地域の歴史を掘り下げる企画

・一つは街の写真屋の大量のネガ。大津市の歴史博物館に寄贈されているが、昔の市内の様子や七五三、婚礼などが無数に記録されている。これらをどうアーカイブしていくかを大学で取り組んでいる。

・ネガのスキャニング→データベース化を生徒の協力を得て実施中。データのタグ付け等は博物館が行う。生徒は何が写っているか興味があり、ついネガを見てしまい、作業がなかなか進まない模様。

・もう一つは、大学(恐らく大阪芸大)周辺、ミナミの僻地だが、現時点での記録。どう活かすか考え中。地史学として新しいガイドブックを作れれば。。

 

・よく市役所などで歴史のアーカイブとしての写真展示(「昭和〇年の△△市のようす」など)はされているが、写真の扱いが残念だったりする。美術館、美術品の側の写真と、役所など公的な場における写真が、乖離している。

・(大坪)双方向的に活かしたいですよね。住民が自分の物語として語れるような。

  

・作品制作においては作り手としての自分と、批評家・研究者としての自分が完全に分離している。「この写真家にやらせてみたらどうかな」と。このスタンスの持ちようは意識している。

  

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  ■大坪晶氏の作品について

(1)群衆のコラージュからなるポートレイト

・円形ポートレイトについて、元々はEMONフォトアワードに家族のポートレイトで出展したが、「公共性を出したら」と評された。そこで今回は作家としての視点を持ち、眠っている人物を蘇らせることとして、3名の女性を取り上げた。

・個人というものは、大勢の人の記憶から成り立つ、人によって見られることで成り立つのではないか。

・コラージュという手法は「想定外」が起こりうる。身体性を伴う。作りながら考えるプロセスを残したい。予定調和はくるしい。

・色んな人からもらった写真を集めてスキャンし、藁半紙に印刷した。薄いのでちぎっても一枚に見える、破り目が目立たない。(一般的な紙は厚みがあり、切断面が層になってしまう)

・そういう手法なので、この作品は不特定多数の人の集合的記憶であるし、自分自身の系譜でもある。

 

 

 

 

 (2)図鑑・辞書と固有名詞のコラージュについて

 ・ポートレイトと逆に、社会的な役割から解放されて個人の楽しみで作っている。

 ・元々心理学に興味があり、意味の同定と再構築を試みた。チェコ留学時代に色んな言語で書かれた本を見かけ、視覚と言語の関係に興味を抱いた。日本では言葉を見れば意味・イメージがすぐ分かってしまうが、外国語はそうではなかった。

 

・辞書における「名前」(収録されている名詞)は取り出されると意味を失う。卒業アルバムにおける個人写真も同様。解体されると行き場を失ってしまうものを再構築し、意味を定められる前の状態――知識の体系、堆積状態を作りたい。

・作品においては文字を勝手にバラバラにしている。実験、遊び。

図鑑って何だろうか? Webの時代になって図鑑が売れないため、リニューアルが滞っているようだ。(物事の事実を集約しているはずが、リニューアルされないことで齟齬を来していくというのは、どういうことだろうか)

・図鑑は著作権フリーになる時代のものを使っている。(→記述を細かく切り出してオブジェに貼り付けなおす)

 

写真はどこからが「写真」なのか。皆さんにも聞いてみたい。例えば植物図鑑の中の、トリミングされたあれは「写真」だろうか。(これが「〇〇ソウ」ですと、植物の事実のような感じで写っているが、根本は写っておらず、切り取られている)

・自身の作品では、表紙に掲載されている写真は、個別の具体的な貝とか植物ではなく、「貝」の象徴、イメージ。その総体として図鑑オブジェを作った。

・(立花)そもそも固有名詞はでたらめというか、何の意味もない。固有名詞を解体することで辞書そのものの体系も解体されるのが面白い。

 

・辞書はタイポロジーと考え、アウグスト・ザンダーベルント&ヒラ・ベッヒャーを想起した。当初は彼らへの憧れがありつつも、しかし対象以外のものを切り捨てていることへ抵抗感を持つようになった。それは支配的なのでは? 肉屋なら肉屋らしい肉屋と。

 

・タイポロジー、科学的であることはレシピ化=再現性を確保すること、それは支配的だ。私は哲学的に捉えなおし、全てをもとに戻せないかと考えた。

 

・(立花)A・ザンダーは体系化、普遍化を試みた(※)が、写真がそれをことごとく失敗させている。「そうじゃない」レンガ職人や肉屋――はっちゃん、太郎さんなど(一個の個人)が出てきてしまう。写真でやるのは難しい。

 

(※注釈:A・ザンダーは1910年前後からポートレイトを撮り集め、ドイツ社会の構成員を標本のように収集、階級や職業によって分類しようと試みた。しかし1934年にナチスにより押収、破棄され、写真集を発行できたのは没後1960年代になってから。有名なのは1980年発刊の「20世紀の人間たち」。見れば分かるがザンダーの写真群は網羅的ではあるが、体系化・普遍化には遠く、むしろ個性のパラダイスと化している。)

 

 

 「固有性を取り出したい ――「世界」と一緒になりたいんですよね」

 

 

(3)「Shadow in the House」 戦後、占領軍に接収された個人宅

・戦後GHQに接収された愛知県の邸宅で、ダンサーと協業し作品制作。県下では111件の接収住宅のうち現存するのは4~5件、うち3件の個人宅に了解を得、撮影。いい迷惑であった反面、西洋文化との初めての接点ともなった。

(「元々内向的で小心者なので、交渉など制作プロセスは大変」「けれど知りたいという動機が原点にあると思う、作家なら誰もが持っているモチベーション」とのこと)

 

(※米軍を主体とする連合軍による日本の占領:1945年8月・ポツダム宣言受諾、進駐軍の駐留開始~1952年4月・サンフランシスコ平和条約の発行までの約6年8か月。終戦直後は41万人超の占領軍が上陸。)

 

(作品概要:4×5の長時間露光によって、元・接収宅の諸室とその場で身体表現を行うダンサーの動きを撮影。ダンサーは写真の中でブレた残像=「影」となることによって、過去に部屋に居た様々なポジションの人たちの記憶を引き受けてゆくとともに、現在の邸宅の姿が記録される。)

 

・全然知らない人の記憶は継承可能か? という問い。よそ者が理解、共感することはできるのか。(当時の当事者である元・住民は他界しており、直接は占領・接収を体験していない子孫からエピソードを聞き取りながら、写真や身体表現により解釈を行うことになる)

 

・話を聞きながら、一緒に考えていくことに意味がある。来年のシンポジウムでは異なるジャンルの人達と対談する予定。建築、脳科学、美術史といった。人はポジションによって発話することが異なる。(写真作家一人が語れるものではない)

 

・作中の「影」は、記憶の裂け目である。「居る」ことは「居ない」ことでもある。不在の人間について考えてもらえるといい。

 

 

・本作のテキストは美術批評家に依頼した。(自分自身で書くことは出来るが、)他者の視点から意味を語ってもらい、それをも含めて作品と化したい。自分で語ることによって「それ」そのものの意味を邪魔してしまうのではないかという

 

・(立花)影はそもそも「嘘」、fictionだから。「不在」ではない。偽の記憶。絶対に忘れてはならない記憶を塗り固めるための嘘。いかようにでも語りうる。

 

 

 

( ´ - ` ) でした。

これは文字にすると面白さがだいぶしんでしまう。私の書き方がわるいのだが、大坪氏のしゃべりに関しては生で聴いたほうが絶対にいい。サバとかシイラは生きてるときと魚屋で並んでるときでは全く別物で、生きているときの美しさは格別だが、大坪氏のしゃべりにはそれ系の輝きがある。特に「写真家になりたい」とか「私けっこう作家性あるかも」とか思ってる人は必聴。「あっ、これが作家・・・(察し)」の領域です。

 

あなたは、今日の天気の話をするような軽やかさで、自分の取り組みや関連分野について語れるだろうか? 

大坪氏はそれをやれる。やってはるんですー。記憶と記録の定義、写真の意味、図鑑の意味、言葉、固有名詞、リンネの植物分類、分解と再構築、進駐軍と接収住宅の歴史、個々人の記憶の在り方、作家の介入の在り方・・・ 作品を作る以上はこの社会のどこかの部分を、責任を持って引き受けている、ということが分かります。

 

語るというのは重たい行為で、皆さんも先輩・上司などから「いやそんな話あったか」とか「おまえいらんこというな」と怒られ、かたや「もっとお前しゃべらんかい」「じぶん担当やろ」と怒られ、「どないせえゆうねん」となったりしませんでしたか。よくあるよね。語るとはそういう厄介なものでは。それを、上司すらいない世界で、自分で解を考えて「語る」というのは結構たいへんなことです。ああ視界が遠くなってきた。慣れの問題かな。 

 

 

 

記録や記憶についてふと思ったのが、私を含めて最近は多くの人が、写真を「記憶」目的では使ってないような気がしました。写メ等で簡単にメモとして「記録」することはあっても、自分の深い部分へと、目の前の事柄を落とし込んでおくための行為としては、写真を使わなくなったなあと。以前はもっと、もろく儚い「記憶」の補強材料としての記録行為、という意味合いが強かったと思いますが >写真。

 

むしろ写真は自己表現、自己演出のための手段として、限りなく「今」を「発信」するためのメディアとして旺盛に使われています。自分もそうですが、写真行為は「これはアップ用に使おう(いいねが稼げる)」「〇〇さんと遊んだ!アピろ!」などといった、「今」(と少し先の成果)に特化した行為に変容しているようです。

 「記憶」と「今」の価値のバランスが、後者に相当寄っているかな。まあ基本的にイヤなことや怖かったことは身体が無自覚に「記憶」していますが。

後世で「記憶」として想起するのは「あの頃はSNSというものあったなあ」とか「フォロワー3万超えのカリスマ〇〇さんからフォローバックされてうれしかった気がする」という、もっと大きな事象になるような気がしてきました。そういうコンテンポラリーな事象そのものを捉える撮影方法があれば良いのですが、残念ながら難しい。撮り方が思いつかん。現代は写真に写らない世界か。まいったー。Webの閲覧履歴とスクショを撮りためるぐらいしかないか。

 

映画『君の名は』がたいへんヒットしました。あれは記憶と記録を巡る、身近な格闘の話でもありました。夢の中の体験は確かにあるのに、それを記憶にとどめることができない、記憶の拠り所とするための記録=彼女の固有名詞を掌に残すことすらかなわない。「今」が数分前の過去を即時圧倒して、言葉=記憶を完全に追いやってしまうシーンが印象的でした。泣きそうですよ。あれにいたく胸が動かされたのは、今私たちが「記憶」というものから急速に遠ざかっていることの、揺り戻しだったのではないか? と思い返しました。私たちは記憶を手放した民。かっこいいですね。どうなんかな。

 

今回のトークショーとは全然関係ないですが、意識が若干変容し、疾走感がありました。十三を疾走するとおっさんに当たるので大人しくしたほうがいいね。はい。

 

( ´ - ` )  記憶とは何か。記憶を記録することは可能か。誰がその記述を行うのか。文字は信用できるか。数式か信号か。情緒は記憶か。それを宿すのは脳か体か媒体か環境か企業か。個体あるいはネットワークに内在するか。行為かテキストか。

 

 

よい作家は、日常に波紋をもたらす。