写遊百珍

関西をメインに、美術館・アートイベント、登山、廃墟、珍スポットなど珍奇なものをご紹介。

【ART】北アルプス国際芸術祭2017_信濃大町 / 宮の森自然園&大出ホタルの里(遠藤利克、平田五郎)

【ART】北アルプス国際芸術祭2017_信濃大町 / 宮の森自然園&大出ホタルの里(遠藤利克、平田五郎)

 

信州は信濃大町に行っておりました。蕎麦が美味しいです。泣くと思う。 

北アルプスに抱かれた大地、信州では、森が濃くて深いです。なぜかな。水がちがいますね。アルプスの山々から注ぎ込む豊富にして清冽な水が、森を深く育んでいます。ナウシカ原作などを読みたくなる。

 

○遠藤利克「Trieb ー雨為る森ー」

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「宮の森自然園」で森の中に据えられた遊歩道を歩いていると、樹上から水がじゃばじゃば落ちている。熱帯雨林かよと無粋なことは微塵も思わない。森の中を満たす翳の重みに、水は吸い込まれていきます。

 

なにがあるか。なにかなー。熊あるよ。くまが出ます。

出るという噂である。どうかなー。 

 

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うわあ。出るよ。

これ作品じゃないんだ。どうすんの。出るもん

は出るんだよ! 自然だ! 

なので鈴が配られます。ギャー。鈴の音量を超える音量で喋るのがクマバリアになると思われます。そういう野趣溢れるところにアート作品があるわけですが、それってアート作品っていうのかな。どうも括り方が適切ではないよねという話になります。だから「自然との対話」とか「土地との協働」みたいな、役所みたいな言い方で表現しようとしているわけです私。ここはギャラリーではないし、そっち方面(芸大的な)の教育を受けたことがなかったので、まあその、昆虫が好きです。音楽理論全く知らないし1ミリも弾けないけども野外フェスや路上演奏で「音楽」には相当親しんでいる、そういう子だという話かなと思います。そりゃまあ熊も出ますよ。自然と対話したいね。しましょう。蚊がけっこういます。いやあん。 

 

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自然と対話したくても通常は言葉が通じないのでえらく難儀します。あと蚊とかブヨとかハチとかアリ等がひどかったりするし、遅くまで対話してたら実家の母親が心配メールを送ってきたりします、町の飲食店も閉まったりするから焦ります、推しのゲームが曜日ゲリライベント開催したりスタミナ回復したりで効率性経済性の面から焦ります、そういうことが多すぎて私達は自然との対話が困難です。皆は踊り子になりたいのですが、踊ってる暇があればRTやふぁぼしてしまうのが人情です。日常の調律が生きたままで別の節で踊るなんて大変なんです。アートはそんな日常の鎖を一旦断って、スムーズに異世界へのチャンネルを繋ぎ直してくれる変換システムとして機能します。

 

 

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足元の板の歩道の下は小川で、そこから水を吸い上げてパイプが樹を伝い、上から水を落としています。森が生きていて、アルプスの水が循環していることが表わされ、目に鮮やかに飛び込んできます。

 

 

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写真で見ていると「水が高所から落ちてきている」だけですが、現地ではこの落水の音の残響が意識をやや奪い去り、何本も水の落ちるのが木陰から見えると、そこでもまた意識が奪われ、順調に良い気持ちになります。「意識とは、何気ないものによってたやすく拉致されるものである」と高名な人が言っていた気がします、いやどうかな、うそかもしれませんが、そういう感じで森に没頭していく効果があります。わあい。

 

アリと蚊に悩まされながらも森に没入します。

 

 

 

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どこまで歩いてもきりがなさそうなので、森は一旦終了。

ここはいいなあ、何度でもフラッと歩きに来たい場所確定。「宮の森自然園」。別に何か特別なものがあるわけではないんですよ、ただ、葉っぱや光を見ているのが良いという時間。

 

森を出ると開けた田畑です。太陽がまぶしい。

次の作品は「大出ホタルの里」ですが、素人には普通の田畑と見分けがつきません。ただ、大町はそこいらに大きなホタルが普通にウロウロ飛んでいたりして、我々悲しき都会人とはものの基準がちがいます。

 

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光おいしい。

 

 

※めちゃくちゃ暑いです  大阪に負けてないぐらい暑い

 

 

 

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○平田五郎「水面の風景―水の中の光~山間のモノリス」 

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農歩道のようなところに石を円状に敷き詰め、どんと石柱を立てて、中から水が湧いている。

普段は特段の主張もなく、そのへんの用水路や地面の下を、ありきたりに流れているであろう水が、主題となって、改めて私達の眼前へと引っ張り出されてきた。その姿は、和む。癒される。

暑いんですよ。めちゃくちゃ暑い。それはもう眼が水面の輝きを摂取すると、それだけでおいしいわけです。

 

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モノリスの中の小石は既に苔がうっすらと。会期中にどんどん作品の外観も変化している模様。人工物があっというまに自然に取り込まれてゆく感がありますね。

ここで作品には「風景」と銘打たれていることから、我々は風景論を考えないといけないわけですが、「もう5時だから閉めますよーーー」「熊よけの鈴回収しますーー」とスタッフさんに追い立てられているので、風景の定義を練っとる場合ではありません。ひいひい。歩くと発汗。

 

 

しかしこの信濃大町、全体として、私達がいつかどこかで失った日本の風景であることは、間違いないと思います。かくいう私の地元も、かなり似たような風合いの田園町であったところ、休みなくベッドタウンとして宅地開発が進んでおり、今なお田畑の所有者も高齢化しているので、残った数少ない自然も、次々に住宅へ作り変えられています。やだなあ。

 

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 田んぼしかない町だったのに、いつの間にか、田んぼが全滅しかかっていて、焦るときがあります >うちの地元

だからこの黒いひび割れを見て、何か記憶を揺さぶられる心もちがします。

 

 

 

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 日本全国に刻印されしマルフク。今や廃業しており懐かしい。

 

 

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スリットの向こうにさざ波が見える。

 

 

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 森に寄り添って建つ物件。不思議な光景だった。

 

 

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 用水路の水は勢いがよく、氷のように冴えた輝きがあった。

 

 

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 光が強く強く溢れていた。7月にしか見られない世界だ。

 

  ああそうだ、7月だったんですよ。

それも、もう折り返しに来ている。