写遊百珍

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【ART―写真展】KYOTOGRAPHIE 2017(二条城、堀川御池ギャラリー、京都文化博物館別館)

【ART―写真展】KYOTOGRAPHIE 2017(二条城、堀川御池ギャラリー、京都文化博物館別館)

 

3日回って、KYOTOGRAPHIE本体企画については、ようやく全部回れたかなという状況です。当日券3000円のパスポート(全会場1回ずつ入場可)で何日も楽しめるというのはすごい。

 

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 二条城は開場から間もないのに観光客がやたら多く、しかも日本人が多かったので驚きました。GWに二条城を選ぶとは渋い。庭がじつに広くて歩くのが楽しかった。天気もいい。 

 

 

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 <今回の巡回先>

【赤】No.02 二条城(二の丸御殿台所、東南隅櫓) / No.03 堀川御池ギャラリー / No.08-09 KYOTOGRAPHIE文化博物館別館

 

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【KG_No.02 二条城(二の丸御殿台所)】

○特別展示:BMW アート・カー by アンディ・ウォーホル

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アンディ・ウォーホルがルマン24時間耐久レースの車をペイントしていた。初めて知ったよ。1979年のレースに出場。私の生まれが1980年で、ウォーホルの時代の最後だったと言えそう。私が生まれてからはバブルが膨らんだり弾けたりしました。ウォーホル的な時代ではなくなっていきます。もっと冷え込んだ社会に。

 

 

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「スピードを表現しようとした」と、疾走によって色や形の滲む様を表わしたそうです。 う? そうなんかな。塗りかけにしか見えない。2017年の二条城の台所で大事に安置されてしまうと、ポップアートの魔力が削げ落ちるのかも知れません。 

 

 

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 側面はちょっとかっこいい。

 

 

改めてこの写真を見ていると、車の写真のはずなのに、なぜか70年代のテレビ映像を見ているような錯覚を起こしました。このくすんだ、何色ともつかない色、塗りのはみ出し、ブレ方が、当時のテレビ映像におけるノイジーさと結びつくのでしょうか。

 

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 ああかっこいいな、「車」として見ずに疾走感そのものとして見たときにはデザインが生きてくる気がする。

 

 

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ウォーホルのサイン入り。 

「車」として見てしまうとだめですね、ファンキーな廃車に見えてしまう。

 

 

 映像が良いんですよ。

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しゅっとした銀髪の貴公子ウォーホルが、実際にくるまを塗っている。生きて動いているウォーホル様が拝めたので満足します。生きてる! 私はファンだったのでしょうか。彼はどこか人間としての情緒が欠落しているように見え、ミステリアスなかっこよさがあります。胸がきゅんします。そんな彼が、自分でペンキを塗るのか、と見ていました。ウォーホル様は、工場大量生産やメディアイメージ拡散をテーマにしながら、結局自分で塗りますよね。なんでだろう。

 

 

【KG_No.02 二条城(二の丸御殿台所)】

○アーノルド・ニューマン / マスタークラス-ポートレートの巨匠―

  上記ウォーホルと同会場で展開。非常に優れた、素敵なポートレイト写真がたくさん展示されています。

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著名人のポートレイトを数多く長年に亘って撮り続けてきた写真家で、印象に残る冴えた構図が素晴らしいのですが、名作の制作の工程が一部示されています。

同じようで微妙に違うカットを何枚も撮る。わずかな光の翳り、俯き加減、視線の高さなどで表情が全く変わります。

トリミング。少し引いて、間違いのない鉄板のカットを押さえつつ、更に大胆に切り詰めて、本人の人となり、活動経歴、世界観を1枚の写真に込めます。

 

 

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これでも良さそうに思うのだが、

 

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スパーン。

ピアノの下半身を大胆に切り落とし。

引き算の効果が凄いです。ピアノかどうか分からなくなったので、観る側は黒いこれをオブジェなのか、芸術作品、芸術・・・この男性は芸術家、何者? と想像を走らせます。 

 

展示数が多く、本の中でしか知らなかった超・著名人の生き様が凝縮されていて、何度見ても面白いです。

 

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近代写真の父、アルフレッド・スティーグリッツと妻、ジョージア・オキーフ

1944年。スティーグリッツ81歳、オキーフ57歳ぐらいですね。スティーグリッツは82歳で亡くなります。最晩年の1枚。この二人のフォーメーションは、表現の戦線を共に戦い支え合ってきた同志のようで、すごくかっこいい。

 

この写真集あれば間違いなく買った。なかった。ざんねん

 

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1968年のジョージア・オキーフ

ニューメキシコの荒野に家政婦と二人だけで住み、多くの面会希望者を断り続けたといいます。本当の孤高の人。強い日差しと乾いた風が吹き抜け、何もかもをあっという間に風化させそうな厳しいエネルギーの中で、彼女はそれをも内から跳ね返す厳しさを以って、しっかりとそこに居ます。

 

 

読んだことはあったが、こういう情景だったのか。

拝めてよかった ( ・_ ;)

 

 

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クレス・オルデンバーグ。1967年。

構図のかっこよさ、プリントのかっこよさ、オルデンバーグの生き様のかっこよさ、何重にも合わさっています。

 

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ジャスパー・ジョーンズ。1980年。

おファンキーな兄ちゃんを想像してましたが、渋いダンディでした。

 

 

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デヴィッド・ホックニー。1975年。

可愛い。

 

 

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エドワード・スタイケン。1955年。

写真史でお馴染みの超重要人物。ファッション写真のスタイルを確立させ、MOMAの写真部門長として世界的に重要なキューレーションを行った。一見どっかの会社の経営者。

 

 

相手が世界的著名人ばかりなので、撮影に当たっては「時間がないんだ」ともったいぶる人、威厳に満ちた感じで撮らせようとする人、怒り出す人などが少なかったらしいが、そうした中でどのようにフォトグラファーとして撮影を成功させてきたかキャプションで解説されていて面白かった。すごい写真家でも苦労してるんですね。

 

 

【KG_No.02 二条城(東南隅櫓)】

○アーノルド・ニューマン / (マリリン・モンロー

同じ写真家の展示とは思えないぐらい、全く趣の異なる1枚が展示。

展示場所が二条城入口ほどなく左手脇にひそかに立っている櫓です。城の本体に気をとられているとKGの旗を見落とします。「モンローぐらい知ってるわ」と見ずに帰ろうとしていました

が、やっぱり見ておいてよかったです。

 

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個人宅のパーティで撮られた、とてもリラックスしたスナップ写真群。A・ニューマンはその中の一枚に注目し、モンローの表情だけをトリミングして引き延ばした。他のカットのモンローは楽しげに跳ね回っているが、その一枚は、翳が射している。しかし、このコンタクトプリントのカットだけでは、そこまでの強烈な印象はない。

 

トリミングされ、抽出されたモンローは、私達が知らない彼女だった。

その写真については、写真で撮ってこんな場で紹介することなど、色んなものが死んでダメになってしまうと感じたので、upできませんでした。

生身の、一人の「人」の横顔を見ました。なんかもう

もう。

 

(´-`) もう。

 

 

【KG_No.03 堀川御池】

○山城知佳子 / 土の唄

◎「回想法」「バーチャル継承」「あなたの声は私の喉を通った」

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作者が、戦争体験者の高齢者男性の語りに合わせて逆アフレコした映像作品。口の動きが音声に合わせられていて、ぞわっとします。

語りは、だれかれ構わず遺体を埋めた、骨の判別なんて出来なかった、等々、極限状況と揺れ動くその瞬間の思いについて述べられていきます。作者はその語りを涙を流しながら、体を用いて追って重ねていきます。どこに辿り着くのでしょうか。そこまで踏み込んだら、自分の自我が内側から破損しそうですが、大丈夫なものでしょうか。大丈夫ではないのかもしれない。 

 

 

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老人と、声、像を重なり合わせながら。

 

 

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戦争経験者の老人たちの記憶、言葉を、体内の空隙に。

 

 

◎「土の人」

 

あいちトリエンナーレ2016の出品作品。謎の中毒性により2回観にいき、ずっと繰り返し観ていた。

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 地面に横たわる過去の死者のような人たち。

 

 

女性の言葉が響いて皆、ぶるぶるしながら孵化。

空から泥が降ってくる。べちっ。覚醒、

降ってきた土には声が詰まっていて、聴こえる。

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地面を掘っていたらドルドル揺れて地中に落ちる。

海軍司令部壕。歩いていく。 

ぼご ぼご ぼご

「湧水が膨れ流れるように 母語がひびく」

「母が語っていたことば 母と語り合っていたことば」

「ことばを持たない自立はない」

 

戦争の記憶がヒューマンビートボックスの息吹と、ロケット花火の飛び交う閃光で炸裂する。戦争、戦争、戦争。

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激しい襲撃イメージ乱打の後、暗闇と水滴の音、進み、洞窟の中から、光の方へ抜け出る。3回、洞窟を抜け、光へと向かう。光に到達すると言葉が聴こえる。光の先で、白い百合が風と光に揺れている。百合畑、一面に白く咲いた中で手拍子が鳴りだす、手が一斉に咲く。

 

 

記憶ってどこに宿るのかという問いがあります。脳といえばそうだが、それは個々人の私物のPCのようなもので、ある地域や社会の抱える「記憶」とは別の単位と考えられます。

「土」、土地や風土が記憶を宿しているとすれば、そこに生きたり、そこで死んできた人たちのことが、何らかの形で聴こえるのでは。それは弔いか、今を生き、問題を提起するために不可欠な召喚か。

テーマは重いはずですが、映像展開のテンポがよく、起伏が明快、戦火のヒューマンビートボックス戦車砲や航空機の爆撃をコミカルに写し出し、日本兵の影、若者のclubでの狂騒が重なりあって、細胞に眠る何かを揺さぶります。中毒性があります。

 

 

 

◎「コロスの唄」「黙認のからだ」

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洞窟内の鍾乳石が人体となって浮かび上がるイメージは、とても迫力があり、一連の作品を通じて見ると、土(土地)に息づく過去の者たちの声、存在として浮かび上がってきます。

 

すごくいい。

 

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会場における写真と映像の組み合わせ方がかっこいい。かなり大がかり。

 

 

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【KG_No.08 京都文化博物館 別館1階】

○ラファエル・ダラポルタ / ショーヴェ洞窟

驚異の映像世界です。人類史の始源の映像と、現代の最先端の映像技術とが織り成す世界があります。1時間ぐらい洞窟内の超映像が流れます。超です。

 

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 装飾された壁かオブジェらしき模様が。

オブジェか。

ブー。

これは全て4Kモニターだったのだ。小さなモニターを1面で縦13列×横8列、それが4面構成になっていて計108台の4Kモニターが各部の像を映します。驚異的な設備です。ポスト・プロジェクションマッピングの時代だなあと実感しました。

 

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ラスコーが2万年前、ショーヴェが3万6千年前。

1994年に発見されたらしいが当時中学生だった私は塾、中学校、高校でもショーヴェの名前を聞いたことはなかった。年代の評価が定まっていなかったのかも知れません。

ダラポルタ氏は同い年なんだが活動の次元が違いすぎてひくわ。「これまでも地雷撤去や法医学のチームと組んだり、ドローンを用いて戦時中のアフガニスタンの遺跡を撮影するなど、他分野の専門家との協力で特殊な撮影を行い・・・人類の命の尊厳や脆さを表現する独創的な作家である。」 腸がねじれそうだわ。同い年。うわあ。

 

 

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腸がねじれそうですが、頑張って観ましょう。写真展示については、バックミンスター・フラーのダイマクションマップを応用し、立体的に洞窟を再現しようと試みる。

 

 

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これが同い年の人間の仕事か。腸がはみ出そうですがこらえて観ましょう。うわさの4K映像。写真で撮ると、岩をそのまま置いているかのようになったが、肉眼での体験はもっと違う。こんなに大人しくない。ぬらりぬらりと像の全てが生きていて、カメラワークのたびに身体に迫ってくる。腸が出そうです。

洞窟を超えていますよ。生き物の体内にスコープを挿管しているかのような、拡大された昆虫の体のような、桁違いの生々しさ。これは生き物だ。腸が出そうです。

 

 

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画面は明滅を繰り返し、表情がどんどん変わります。人類の肉眼ではありえない視座です、ピントがびちっと合っていて、もはや細部とコア部の区別のない世界。全てが主役です。岩肌のヒダ、起伏、鍾乳石のぬめりと壁画は等価に扱われ、それらを総合し、生きた存在としてショーヴェ洞窟の姿として表わされます。

 

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ライオンかな。 

 

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おぞましい量で連結されている4Kモニター。

アーティストはガテン系であると常々思ってますが、やはりそうでした。デジタルドカタです。世界観を実体化するためには物理のとんかち作業がたくさん要ります。あかん苦手や。腸が出そうです。出したほうがいいのかな。だめ。

 

 

色んな意味で貴重なものをみました。

 

 

 

<2F> ネスプレッソ配給所

 

映像がすごいのに、立ったまま寝ていて、そのまま倒れそうになったので、2階でコーヒーもらいます。こーひークダサイ。  

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くれました。KYOTOGRAPHIE鑑賞券を見せるともらえる。

 

卓のコーヒー痕は私がこぼしたのではない。

作品。

 

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「描いているときにはコーヒーのアロマで高揚し、五感がひらく時間となった。」この人は良い人だと思った。 コーヒーは神様です。

 

 

 

【KG_No.08 京都文化博物館 別館2階】

○ルネ・グローブリ 「The eye of Love」

 コーヒー配給場のすぐ隣で、素敵なモノクロ写真が光っている。1954年発行の写真集「The eye of Love」に基づくプリント展示。

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若き日の新婚旅行での妻写真です。金欠と仕事の多忙により延期された旅行だったとのことで、それはそれは素敵なひと時だったことでしょう。

プリントが良くて。見ていると気持ち良くなる。

 

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妻だ。

 

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妻だ。

 

ツマー。

 

プリントの気品が心地よく、二人のプライベートの時間は、一期一会の瞬間として光を発します。妻。

 

 

妻いいなあ。いいんかな。

 

 

 

 

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京都は、タクシーがすぐパーパープープー鳴らしはる点を除けばとてもよろしいところどすなあ。すぐ鳴らされるんですが。

にゃん。

 

 

腸がねじれたり色々しましたが概ね楽しかったです。