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写遊百珍

関西をメインに、美術館・アートイベント、登山、廃墟、珍スポットなど珍奇なものをご紹介。

【ART―写真展】大阪芸大、日本写真映像専門学校 卒業制作選抜展2017@ニコンサロン大阪

【ART―写真展】大阪芸大、日本写真映像専門学校 卒業制作選抜展2017@ニコンサロン大阪

会場の写真撮影が禁止だったので、もらった葉書ぐらいしかデータがないです。残念ながら海の家で食べるカレーのような味気ないレビューをご覧いただきありがとうございます、すいません。

 

この二つの卒展は、ニコンサロン大阪の展示フロアを二つの学校で割って展示していました。世代はほぼ同じだろうのに、校風・教育方針の違いが物凄く際立っていて、実に面白い空間でした。

つまり所属する教育環境によって伸ばされる個性、スキル、哲学が全く違うということになります。将来についてあれこれ考えたい人は、ぜひ色んな教育機関を比較検討することをお勧めします。誰目線やねんという話はおいておいて、どうぞ

 

 

大阪芸大

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まず上品であること、モノクロプリントの丁寧さが印象に残ります。個々人の世界観がありつつ、生徒全体のトーンが調和をとられていて、美術品としてのクオリティを重視している校風だなあと感じました。

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閉館間近に駆け込んで、メモもとっておらず、資料もないので、何もレビュー材料がないのですが、記憶として

 

◆同じ地点の時間経過を比較したカラー作品群。面白かった。ちょっとの差異ではなく、影がにゅっと延びたり、木々が延びていたり無かったり。静止画だけれど動きがあり、映像としての力を感じます。

 

◆「終の棲家」として、動物園におけるそれぞれの動物の居住空間を捉えたモノクロ作品群。言われてみると確かにそうです。彼らは基本的に、動物園同士で交換されたり繁殖のために引っ越すことはあっても、そこが人生の終点になっています。

動物園に行くと、非日常のイベントになるがゆえに、レトロ遊具が楽しかったり、動物をいかにかっこよく撮るかで盛り上がるなどし、楽しいで終わることがよくありますよね。あったな。。

 

◆長時間露光のモノクローム都市景作品。梅田の通行人が溶けるようにぬるぬる溢れ流れていました。通行人のある程度多い時間で挑まれていたのでエスカレーターなどがぬらぬらしていますが、仕上げが上品に抑えられていて「おっ」と思いました。皆がHDRでぎらんぎらんに尖らせたくなるような「おいしい」光景です。さすがです。

私も梅田で初期には、ほんの少し数秒露光で通行人を流して撮っていたことがありましたが、興味がなくてすぐやめました。本当は都市部だからこそ三脚を立てるなど、機材をセットして手間のかかる撮影を試みるほうが何か新しい映像が獲得できるのではないかとも考えています。

 

◆工場景のカラー作品群。こちらもどこか上品で、トーンや色彩を抑えてあり、心地よい温度感にされていたのが「やるなあ」と思いました。皆さんも手に当てて振り返ってみましょう。光り輝く工場景ほど、人を惑わし、レタッチ狂戦士化させるものはありませんでしたよね。そうでしたよね。ギラギラにさせた記憶はありませんか。作り込むのと同時に「どこで止めるか」、よい塩梅というものを見極めることは重要だということを教えてくれます。

 

 

私は大学受験の浪人時代に少々気がおかしくなり、まあ常日頃だいたいおかしいんですが、河合塾に通ってセンター試験対策や現代文論述などで揉まれている渦中、「大阪芸大の写真学科にいきたい」などと世迷い事をぬかし、親や講師が対応に苦慮していたことなどが思い出されます。現在何食わぬ顔で事務職員として禄を食んでおりますが、基本的に当時と病状が変わっていないので、皆さんやりたいことはやれるうちにやりましょう。こういうのは自己免疫疾患の一種だと思いますので、本人の意思ではどうにもならず、やって死ぬかやらずに死ぬかというと、前者の方がまだ少しは救われるような気がしなくもないです。チーン。

 

つづいて

 

○日本写真映像専門学校

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こちらは大阪芸大と対照的で、「映像の力」を全力に引き上げ、解き放ち、一発でガーンと伝わるパンチ力を炸裂させています。芸大がクラシックな柔道と例えるなら、映専は華やかに映える重量級のK-1の趣でしょうか。ライティング、合成、フラッシュなど、映像テクニックを全力で盛り込む、まさに「盛り」の強度に特化しています。

 

 こちらは展示作家の氏名、タイトル、ミニコンセプトを一覧にした紙をいただけたので、後に振り返ることができて助かります。また、アンケート記入もお願いされたのですが、何もないのとアンケート記入が念頭にあるのとでは、鑑賞時の入り込み方が全く異なります。

 

前者では、寄りかかるところがなく、どうしてもさーっと腰砕けな見方をしてしまいます。展示とは、出展する作家側が緊張するものとしか思っていませんでしたが、アウェーな空間に投入される鑑賞者もたいがい緊張するものであることを再発見しました。なので、その場に留まって、作品と対峙する口実が与えられると、とても安心しますね。

 

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みもふたもない言い方をすると、皆よかったです。

なかでも

 

◆「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」吉井脩人氏

ポストカード全面を覆うポートレイト作品です。画像合成を惜しげもなく用いて非現実的な盛りつけがなされており、自己の実体や「わたし」の身辺は、どこかアプリのインストールと編集で次々に可変されるような軽さがある、そんな雰囲気を感じます。今ってやっぱりこういう表現が腑に落ちる時代なんだなと思いました。

 

◆「ロンリー・スパーク・レディ」福士夏子氏

かと思ったら、そう軽いわけでもなく、「わたし」の存在の在り処を問う、輝き、闇に光る自己の生命感を見出すことの試みは、今の世代も真っ当に真剣にされていることが分かります。たぶん生真面目で真っ直ぐな人が生きていくには、この世はきつい世界なんだと思います。現世ってそういうところがありますね。なのでこの世でもないしあの世でもない、境界線を少し広げた闇の踊り場で、強烈な光と色を湧き上がらせながら、ささやかに踊るのだと思います。その瞬間は誰のことも気にせず美しくなれる。

 

◆「自衛」大下愛純氏

めちゃくちゃいいですよ。どうなってんの。

詳細はわかりませんが、実際に白い塗料を全身に被っているのでしょうか。全身の型を取った等身大の自己像を彩色して撮ったのかも? とか、謎に引き寄せられます。幼少期に虐待を受けていた過去から自分を守るために様々な取り繕いをしてきた、ということを表わす、全身インスタレーション作品ですが、塗料が白く、画面はCG画像のような軽さがあり、辛い体験のエピソードは聞かなければ分からないぐらい抽象化されています。その点が従来の世代の作品と異なり、「わたし」のあり方が急速に変わっている、「ありのまま」の身体というものはなく、自己の相当な部分が可変的であり、セルフプロデュースの対象になりうるものだという世代観を知らされます。

 

◆「惑星X_」堤悠貴氏

この方の映像センスは頭一つ抜け出ていて、ポートフォリオの豊富さもそうだし、ページの構成も「うわっ」「わくわくするわ」だし、昆虫写真における異形の異星人といった風格もばっちりだし、合成もストレートも特に分けへだてなく、その映像世界に資するものであれば貪欲に使って、画面を満たしていきます。そしてかっこいい。そう、貪欲なんですね。自己の解釈でどんどんこの外界を捕食し、咀嚼し、変換していき、きらりと光る糸を紡ぎ出していく。彼自身が映像の土蜘蛛のような存在だと感じました。

 

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もっと書きたいのですが、私も事務のはしくれ、これ以上よふかしをすると翌日の仕事が死ぬのでだめです。なおかつ自分の作品テーマ&コンセプト再考も早くしないと死ぬのですが、Bluetoothのワイヤレスマウスの復旧調べに2時間かかったせいで全てがだめになった次第です、しかもマウスが動きません。みんな死んでいます。

 

 

ついでに言い訳をしますと、私はあれです、喋るのが苦手で、さかあがりや跳び箱と同じかそれ以上に喋るのが苦手で、日頃の授業の合評では、訪日外国人観光客かというぐらいコメントができませんで、「あんたいつも私らにコメントするより、初対面の人に一生懸命書きやがって」という身内のうらみぶしが聴こえてきそうですが、「身内を診るのはとてもきつい」というのは医者でも何でもそうなんです、ということで勘忍つかあさい。医者ちゃうし。また飲みましょう。ほんと誰目線だこの手記。