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写遊百珍

関西をメインに、美術館・アートイベント、登山、廃墟、珍スポットなど珍奇なものをご紹介。

【東日本大震災】仙台市若林区・避難所運営

2011.4.2〜3
東日本大震災に関して。


業務で被災地支援に行ってきました。
場所は、仙台市若林区の避難所です。
業務内容としては、避難所運営ということで、来客・問い合わせ受付や本部事務、力仕事やストーブへの灯油補充など幅広かったです。



プライバシーを侵害しない程度に、避難所の状況を記録として撮ったので、差し支えなさそうな分を参考までに掲載します。避難所というところがどのような場所かは皆さんもTV等の報道で知っているかと思いますが、多少私なりの説明も加えさせていただきます。


その前に、


若林区役所を出てすぐの店が気合い十分だ。
わたしもがんばりますー( >_<)ノ


さて。
今回、派遣された避難所は300数十人規模のかなり大きな場所。
この時期には他の小中学校が2〜50人規模にまで縮小していたことを考えるとまるで桁が違う。
震災当日には、電気やガスのインフラが停止した上に、余震等の更なる被害が予測できなかったため、取り敢えず避難した住民の方々で避難所がいっぱいになったとのことだが、今、残っている方々は、自宅が津波でほぼ全壊〜消滅した地区の住民の方が多々ということ。


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救援物資は大量にあるが、人数の規模と、配り方の問題があって、そうそう気安くばら撒けるものではない。自治組織が発達していて、各班毎にリーダーが決められていて、それらが班を取りまとめ、総リーダーまたは自治的な運営委員会の下で意思疎通できる状態ならば、こんな物資など、いくらでも任せられる。だが、自治が未熟だと、物資を下せば人だかりが出来るだけだ。


ごはんですよー。
おひる。


物資は自衛隊から配給される。必要な物資を自衛隊に発注することもできる。
炊き出しまでしてくれる場合と、調理は自分達でしないといけない場合とがある。
どちらにせよ自衛隊から借りた巨大な鍋を使う。
自衛隊という組織と接したのはこれが生涯で初めてだったが、この制服だけで何故か安心感がある。有事の際には、規律正しい動作と服装は絶大な効果があると知った。


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TVにより情報を得る避難者の方々。
チャンネルは固定。
隣のテーブルには2台のノートパソコン(企業からの寄贈品)もあり、インターネットに接続して情報を得る皆さんの姿が。


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避難所「本部」。
面会人の呼び出しをマイクで行ったり、無料配布できるもの(ティッシュ、歯ブラシ、水ペットボトル、etc)を置いたり、共用のハンドクリームを置いたり、様々な問い合わせに応じたりする。


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フリーコーナー。
300数十人に行き渡るぐらいの数がある消耗品ならばこうしてフリーに配れるのだが、管理を甘くすると何かと「私物化」されて、貸しても返ってこなくなるらしい。「公平性」を保つのも一苦労。


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この本部では新潟市の職員さんが2人体制で担当。受付にも2人。
1隊が2泊3日で担当して次の隊に引継ぐということをずっとやってきたという。
「引継ぎノート」はこの避難所運営に関する業務手順やキーマンに関するマニュアルのみならず、避難者の方々との取り決め経緯も記録されていて、とても意義深いものとなっていた。


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現場は組立式ダンボールのようなもので間仕切りされている。
班の中は個別には仕切られていないのが気になった。
物資は分かる限りでジャンル名を書き込んで、公平な配布に備える。



励ましのお便りや連絡事項の張り紙があちこちに見られる。



前日あたりに山本リンダが慰問に来たらしい。記念写真を無料配布です。
なかなか面白い試みです。



避難所の入口。
ミネラルウォーターのカートリッジが空になった分、溜まりまくり!
業者もなかなか身動きが取れないようで、替えにきてくれない…。



夕方18時、夕食の準備でぱたぱたする自衛隊の方々。
本当にお世話になります。ありがとうございます。
食糧と灯油は彼らの活躍によって毎日賄われているのだから、自衛隊を否定する人達はちょっと色々考えた方がいいと思う。



避難所によっては、担当で詰めている市職員にも避難者の方々と同じ食事が振る舞われる。
恐らく避難所運営がある程度安定してきたためだろう。当初の混乱時にここまで出来るはずがない。
一応、避難されている方々への配慮ということで、受付のホワイトボード裏の物陰でもそもそと食す。
ありがとうございます。( >_<)


けど動き回ってたら何かと足りないんでカロリーメイト的な物を持ち込んで、手の空いた時を見計らってしゃくっと口にするんですけどね。
震災から3週間も経つと日中は会社へ出勤する人や、手持ちのお金で外で物資を買い込んで来る人など、皆さん様々なライフスタイルを展開していました。緊急避難としての避難所住まいから、賃貸ないしは仮設住宅へ生活段階を移行するレベルにまで来ているように感じました。
事実、身を寄せられる身内の方を頼ったり、賃貸へ移り住むメドが立った方が、避難所を去っていく場面を見ました。


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職員の方々。
私らより1日長くここで業務に携わっていただけあってテキパキと、頼りになる機動力を誇っていました。


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早く自治的に物資を公平分配できるレベルにまで達してくれたら、このわけのわからん在庫も、スムーズにはけるのに…。
特定の物資が偏って在庫滞留するという罠です。みんな生活の不自由さで連想するものがカブりますから。


けれど結構な頻度で飛び込みのボランティアや支援物資の持ち込みがあったので驚いた。
阪神大震災や新潟中越の時に比べればそれらは「現場の混乱を招くから」と自重されていると思うのだが、「出来ることがあれば」「もし役に立てば」との想いが次々に寄せられた。
しかし避難者の規模が大きいだけに、中途半端な数の物資は不公平感を煽るため、結局配れないというジレンマが。
もっと他の避難所と連携して、他に迅速に回せたり出来ればと思う。


んなこと言うてたら物資の中に、


「ひ災地
 のみんな!!
 がんばって!!」


ありんこに励まされるとは。してやられたぜ。



朝飯にぱたぱたする自衛隊の方々。
このわけのわからん非常にプロっぽい車がなんとも言えません。すげえ。


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運営としてはある程度落ち着いてきてはいるが、色々と問題点も多い。
特に個人個人を診て健康・衛生面でフォローする保健師によって問題は具体的に浮き彫りにされる。
居住空間だけ与えられて、そこで終日生活が固定されてしまうと、体を動かす機会が乏しくなる。生活の不活性化はエコノミー症候群を始めとする様々な悪影響を及ぼす。事実、中高年の方が多いだけに、終日じーっとしている方も多くて、素人目にも気になった。


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男性物の衣類を配布する準備中。
これもなかなか労力の要る仕事でした。置いておくと何かとみんな気になるようで寄ってくる。
誰でも出入り出来てしまう環境だけに、盗った盗らないでトラブルになることを防ぐため、出入りしているガードマンさんに頼んで、物資に張り付いてもらうことに。

前日から館内放送でアナウンスし、決められた時間から配布を予定。
しかし、「男性」というくくりで来てもらうと人だかりが出来てしまい、収拾が全然つかない。
自治リーダーの機転で全員引っこんでもらい、班長同士のジャンケンで「公平に」順番を決めて、各班毎に取りに来てもらうこととなった。
それでも、肌着は1枚、パンツは2枚、靴下1足、その他様々なトレーナーやら柄シャツやらズボンやらは好きなものを2着、という枚数制限を守ってもらうだけで一苦労。


ハァハァしました。
これはつらい。早く自治完成することを望みます( ・_ ;)



その4日後ぐらいに仕事で同じ避難所に行ってみたら、一気に自治が進んでいて、窓口・本部の当番を住民の方に交替で担わせている状態に。ストーブへの灯油補充も住民の方が実施。また、体育館を管理する業者が夜も事務所を開けているので、市職員による夜勤交替は廃止に。すごい進歩だ!このままうまく行くことを祈ります。



自衛隊は隊員のみならずクルマも無性に頼りになる。いかついぜ。



そんなこんなでした。